渡辺祥子 言の葉だより

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もっと本性を出そう^^

先週末金沢で、ロゴセラピー入門ゼミナールが開かれました。
ドイツ在住の、日本人初のロゴセラピスト、勝田茅生先生によるこの講座。
私は、学び始めてあしかけ5年になりますが、
震災後初のゼミで受けた先生からのメッセージは、ズシズシと心に響きました。

勝田先生はゼミ開始時に、このように話されました。
「日本を人間のからだに例えると、
今、からだの一部が深い深い傷をおっている状態と言える。
傷口の手当てが急務であるが、
それと同時に、からだ全体の免疫力を高める事が、傷口の手当てにつながる。」


今回の震災で被災したロゴセラピストの一人でもある私は、
被災地からの希望の光を言葉を通して届ける事により、
微力ながら、その役目を果たそうと強く強く決意しました!!

ロゴセラピーは、
「夜と霧」の書籍でも知られる精神科医:ヴィクトール・E・フランクルが創設した心理療法
です。

意味を軸にしたこのセラピーによる
「全く意味を持たない悲惨な出来事にも、
それに対する私たちの精神的態度で、そこに意味を持たせる事が出来る。」

という考えかたは、被災地にいる私たちへのメッセージとも受取る事ができないでしょうか。

今回は、被災後はじめての遠出だったのですが、地元を離れた事で見えたものが沢山ありました。

まず、遠く離れた金沢の地も、確実にわれわれとつながっていたと言う事。
全国各地から復興復旧のための支援者の方々がきてくださつていますが、
実際に顔が見えなくても思いを寄せている方々がどれほどいらっしゃる事か‥。。

何も出来ない自分を責めて、あの日から笑顔がなくなっていたという女性が、
仙台から行った我々の話を聞いて、ほっとしたと笑ってくれました。。

知人の臨床心理士の先生は、お昼でご一緒している間中、
宮城へのスクールカウンセラー手配のやりとりを携帯電話でなさっていました。
(私はその目の前で、御馳走になったお昼をパクパク食べていました^^;)

駅前では復興支援チャリティーコンサートが開催され、募金箱を持った学生さんの姿。。

人はどこまで優しくなれるのでしょう。。

先日、被災者の方々が、自分で書いたメッセージボードを持って写真に写っているサイトを見ました。
その中である方がこんな事を書いていました。
(その後見つけることが出来なくって、正確ではないかもしれませんが‥)

=みんな、もっと本性を出せばいいのに。
本当はいい人なくせに=


‘本当はやさしいくせに’だったかもしれませんが、
なんか心の奥底から嬉しくなった事を、金沢の地で思い出しました。

そう!!!
みんな良い人!やさしい人!なの!!!

でも普段は、そんな本性を出したら足元をすくわれる、なめられる(^^?)
きれいごとと笑われる。世の中そんな甘いものじゃない!!
なんて、つっぱって、どんどん自分の本性から離れていっていたんじゃぁないかな。。

だからこそ、この非常時に自然に出てきたと私は思うのです。。

ロゴセラピーでは、通常の心理学で取り上げられる、身体の部分と心の部分(心身体)に加え、
精神次元を取り上げています。
この精神の次元は、例え病気になっても、障害をおっても決して傷つかないと考えられています。。

今回、身体も心も疲弊しきった被災地で、それでも輝くような人間力が見られるのは、
まさにこの精神の次元が働いているからではないでしょうか


この精神性にどんどん光があたっていく世界が必ず実現される事を信じて‥
今、ここからの歩みを始めます!!!!

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by shoko2kotonoha | 2011-04-27 10:09

希望の光。。。

昨日、とても感動する話を聴きました。

今回の大震災による津波で家を流されたMさん。
この春6年生と、4年生になるお子さんがいます。

御主人は盛岡で単身赴任のため、震災当日は地元にいらっしゃいませでした。

Mさんと、Mさんのお母さんは、仙台市内の百貨店で買い物中に地震に見舞われ、
お子さんたちは、沿岸にある小学校で、津波被害を免れたそうです。
海水が行く手を阻み、Mさんが小学校で迎えを待つお子さんたちに会えたのは、翌日の夕方だったそうです。

2階まで海水に浸かったという、避難所になった小学校で一夜を過ごした子供たち。
どれだけ心細かった事でしょう。

今日は、そのお子さんたちが通う小学校で、始業式が行われました。
Mさんの、6年生になったお嬢さんは、児童代表で挨拶をすることになっていたそうです。
(今日無事に式が行われたようなので、挨拶をしました!が正しいかな。。^^)

そのお嬢さんの書いていたという挨拶文の内容を、Mさんが話してくれました。

驚いたのは、冒頭に、3月11日に屋上に避難し、そこから目にした光景が書かれていたという事。

「津波は渦を巻いて、おおいかぶさるように町を消し、たくさんの人の命をうばっていった。
頭が真っ白になって、恐ろしい時間だけが過ぎていった。」とあったそうです。。

Mさんは、ショックだったそうです。
大震災時、子供たちが見たであろう光景を想像をしていたものの、
聞くのが怖かった為、なかなかその話が出来なかったそうです。

「~やっぱりこの子たちは見ていたんだ‥。」
この、いたいけな子供たちが引き受けなければならなかった現実に、
胸が張り裂けそうになったMさんは、お嬢さんにこう言いました。

「こんな風に書いたら、皆怖い体験を思い出したりするんじゃないかな。書かない方がいいんじゃないかな。」

するとお嬢さんは、
「私はこれをどうしても書きたい、書かなければいけないの!」と、強く答えたのだそうです。

そして、
「たくさんの人たちの協力で小学校が再スタートする事になった。」
と感謝の気持ちを述べ、

最後は、
「あの夜、真っ暗な空に輝いていた星たちのように、一生懸命頑張ります。」
と結んだそうです。

この春小学校6年生に進級したばかりの女の子が、
自分の運命から目をそらさずに、しっかりと受け入れる事を自ら選び、
そして、困難にも関わらず、人生にイエスと言おうとしている‥。。

何と言う力でしょう‥。


~実は、この話しを聞いていた場所にはもう一人いて、
その方は、この春中学一年生になったお孫さんの話をしてくれました。
ここにもまた感動がありました。。

そのお孫さんは、サッカーがとても好きで、なかなかセンスが良いらしく、
小学校のときにお世話になったあるコーチから、「君の行く中学校はサッカーが弱くて伸びないから、
学校の部活には入らずにこっちのチームにおいで!」と、言われていたそうです。

もちろん彼もその気満々だったそうですが‥。。

この震災後、お孫さんがこんな事を言ってきたそうです。

「おばぁちゃん!ぼくね、サッカーだけの人生なんていやだと思う。
学校の部活に入るよ。弱いんだったら、ぼくが強くすればいいんだもの!」

~未曾有の大震災、大津波からひと月‥
子供たちは、その小さな体と無垢な心で現実を受け止め、間違いない一歩を踏み出しています。
大人の私の方が、右往左往している‥。。。

こうした子供たちの輝きは、未来への希望ではないでしょうか
私たち大人は、その輝きが消えてしまう事が無いよう、全力でサポートしていかなければいけません。

もちろん今御紹介した子供たちのように、全く前に踏み出せない子供たちも大勢いるのも事実です。
そして、しっかりしているように見える子供たちの中にも、暗い影の部分が残っているはずです。

けれども、その現実を踏まえながらも、
その闇の先には必ず光があると信じて働きかけていかなければ!と、強く思いました!!!!
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by shoko2kotonoha | 2011-04-21 20:50

一歩を踏み出すために‥(魔女モナの物語より)

大震災‥巨大余震‥
あれからひと月‥

今、仙台は桜が本当に美しく咲き乱れています。
遠くに見える、白い雪をかぶった蔵王の山並み、
白モクレン、菜の花、芽吹き始めた柳の青などなど、
どれをとっても見事なコントラストです。

これほどまでに人々を打ちのめす猛威をふるった自然は、
なに知らぬ顔をして、こんなにも私たちを癒す、大きな
無償の愛を提供し続けています。

生きるとはこういうことなのだ‥
改めて実感しています。

畏れ、怒り、喜び、感謝‥
このひと月、私の中でもたくさんの感情が渦巻きました。

それは、現在も進行形で続いていますが、
これまでを振り返ると、どの感情も必要でした。
どの感情も、自分を奮い立たせたり、癒したりするのに
必要な感情‥。。

そんな中で、本当に沢山の事を考えました。
でも、答えは出ません。

ただ、ひとつのテーマが私の中でできました。
それは~
「今、ここから生きていこう」
というキーワードです。

被災地にいる私は、「この大震災を教訓に」などとは口が裂けてもいえません。
「震災の意味」など、間違っても言えません。

でも‥心の奥底で感じている事があります。

f0232560_14535576.jpg~かっこちゃんこと山元加津子さんの、
「魔女モナの物語」①②を読みました。。

特別支援学校教諭のかっこちゃんは、
一緒にいる仲間たちの素敵さを、
本やエッセイ、公演などで私たちに届け続けてくれています。
その言葉には沢山の真実があって、私はいつも共感し、踏み出す勇気を貰います。

そんなかっこちゃんが書いたおはなし、「魔女モナの物語」は、
主人公の少女モナが、魔女見習いの旅に出て、世界を成り立たせている、
大切なことに気が付いていく物語。

本を読み進めながら、モナと一緒に旅をしているうちに、
このひと月、言葉には出来ないけれど、心の中にあった‘何か’が
「そっか‥そうだよ!」って、喜んで動き出した様な気がしました。

そして、モナのモナの物語の第二弾
「魔法の国エルガンダの秘密~魔女モナの物語2~」は、
「今、ここから生きていく」為の、沢山のキーワード、メッセージで溢れていました。

被災地にいる我々の力になるだけでなく、
被災地以外で、自分がどうしたらいいか分からないと悩んでいる方々の心に、
優しく、そして力強く響く言葉の数々‥。。

少し御紹介させて貰いますね^^

旅の始まりの頃‥急な崖をよじ登る途中、自分たちの後ろの道が崩れてしまいます。
自分のせいだとあやまる連れ合いの犬、いちじくにモナが言った言葉です

◆「戻れなくなったことはいいの。
 今、無事だったんだから、帰りのことは考えない事にしましょう。
 とにかく、私たちに残されているのは前に進む事だけだもの。」


その他、モナの言葉をピックアップします^^
 
◆「‘大切なことは心の目と耳をすますこと。そして自分を信じること’。
 自分の中の、ずっとずっとずうっと前から伝わっているたくさんの力が、
 私たちの中にあるのよ。たくさんの昔が、私たちを応援しているわ。
 守ってくれている。
 きっと私たちに、なんらかのシグナルを出してくれているはずよ。
 だから、私は、私を信じられる。」
 


◆「もう私には何も残されていないと思っていたの。でも違っていた。
 どんなにつらいことがあっても、私には、まだ美しい景色に気がつく心があるわ。」


◆「モナがモナとして生きてきた、これからもモナとして生きていく。
 私はこの宇宙の大切な一部。私は必要だから生まれてきた。
 私は与えられた人生を、自分の気持ちで一生懸命生きていくんだ。」
 
            

物語の中では、沢山の登場人物が、私たちにエールを送っています^^
水の魔女は言います。

◆「大きな山を動かすほどの強い力だけが、ものごとを変えるとはかぎらない」

紹介しきれない沢山のメッセージが物語の中に溢れています!!

うつうつと答えが出ない日々を送っている方が、もしいらっしゃるとしたら‥
(私がそうなのですが^^;)
モナと一緒に旅に出る事をオススメします!!!

~かっこちゃん!!
素敵なファンタジー(真実^^)をありがとう!!!!

「魔女モナの物語」は、インターネットで求められますが、
「魔法の国エルガンダの秘密」は、現在市場に出ていません。
御希望の方は、かっこちゃんの講演のコーディネートをされている、事務局の小林さんまでどうぞ!!
(郵送料などが発生しますのでご了承ください。。)

山元加津子事務局 
小林正樹
〒437-0013静岡県袋井市新屋2-3-30
(株)ケイシーシー経営研究所内
TEL:0538-42-9051 FAX:0538-42-9968
e-mail symphony@mbe.nifty.com
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by shoko2kotonoha | 2011-04-17 14:31

再生のキーワード。。

昨夜(4/11)、河北新報の社説から、感じ入った言葉としてツイートした言葉。

=悲しみのふちにとどまることを許す社会であってほしい。
ゆっくり喪に服する事と、
復興の足取りを急ぐ事を区別して考えたい。=


被災から一ヶ月‥。。
妙に使命感にかられて気持ちが高ぶった日が続いたかと思うと、
現実とのギャップに落ち込んだりを繰り返していた私は、この言葉にハッとしました。

そして、辛い作業になるかもしれないけれど、被災者であり支援者でもある立場の私は、
この現実と向き合い、自分自身と向き合う時間もしっかり取らなければ、
悲しみのふちにいる方々に寄り添い向き合う、
地に足の着いた息の長い支援は出来ないと言う事を、改めて思い知らされたような気がしました。

ところで‥
このひと月、地域の人たちと関わりながら感じている事がありました。

甚大な被害を受けた被災地からのTV中継を見たり、
そこで暮らす知人と連絡を取り合いながら感じていた事がありました。

それは、深い悲しみの中にありながらも確実に伝わってくる、魂の底力のようなもの。
これはいったいなんなのだろうとずっと思っていました。

その答えであり、私にとっての希望の光が、同じ社説の中にありました。
かなり感動だったので^^そのまま引用させていただきます!!!

・・・・・・・・・
(尋常ならざる規模の地震に見舞われたにもかかわらず‥)
被災者は事態を従要に受け止めているように見える。
例えば「海が怖い」と言う言葉は聞いたが、
「海を憎む」とは言わない。
やがて猟師は凪を取り戻した三陸沖に漁に出るだろう。


震災後、「東北の人は我慢強い」というコメントを幾度となく耳にした。
その多くは美徳として語られているのだが、少し違うのではないか。
 
自然が牙をむくことを、豪雪や津波をたびたび経験してきたわれわれは知っている。
同じ自然が魚介類や農産物などの恵みをもたらしてくれることも。

荒ぶる自然も穏やかな自然も丸ごと受け入れ、折り合って生きていく。
それは美俗ではなく、生活の作法、知恵だった。

だから共生の文化は東北が再出発するための希望のキーワードだ。

・・・・・・・・・・

じんわりと涙が‥。。。。

そして‥
世界中の聖地を巡った、
稲田美織さんのフォトエッセイの中の言葉を思い出しました。

~それは、伊勢神宮の章にありました。

・・・・・・・・・
伊勢には、海・山・川すべてがあり、豊穣の地であった。
‘うまし国’のうましというのは、
おいしいという意味と美しいという意味の両方を表す。

日本人は、今、全世界で注目されている自然との関わりを何千年も前から大切にしてきた。
太古から、日本人は水に生かされ、植林の英知によって森を育んできた。

水と森を崇め、畏敬の念を抱く神道には、地球や人類を救う大切なヒントがある。
人間だけが生き残るために環境問題に取り組むのでは何か違うのだと思う。

ひとつの生命体だけがこの地球に生き残る事は不可能だ。
すべてはつながっていて、地球そのものも生命体なのだから。
            

          <「聖地へ」稲田美織 ランダムハウス講談社より抜粋>
・・・・・・・・・
~もう逆戻りはできません。
どうか、どうか、すべての生命体が共生できる、美しい地球が蘇りますように。。

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by shoko2kotonoha | 2011-04-12 22:59

「神の地」東北‥。。。

大震災から1ケ月‥。

あの一瞬がなかったら‥
と、何度繰り返した事でしょう。

それでも気力を振り絞って立っていたところへの
追い討ちをかけるような余震。。。

誰がこんなシナリオを書いているのでしょう。

憤りの渦に巻き込まれながらも、
それでも‘善きこと’の為に私たちは生まれ、生かされているのだと信じて
また歩き出すしかありません。

そんな今日、朝に配信した言の葉だよりは、
作家・内館牧子さんのメッセージを元に構成しました。

*********

=「神の地」東北
復興へ=


作家・内館牧子さんのメッセージより~

・・・・・・・・・・・・

先週の日曜日、東北ゆかりの作家・内館牧子さんからのメッセージが新聞に掲載されました。

東北大学大学院で学んだ3年間、東北中を歩き回ったという内館さん。
その時、意識の中に強烈に蘇ったのが、かつて読んだ、
立原正秋の「風景と慰藉(いしゃ)」の一節だったそうです。

日本は神なき社会といわれているが、
考えてみると、この水と緑の豊かな風土でどんな神が必要なのだろうか


若い頃には読み流していた一節が、実感として理解できたそうです。

銀鱗が飛び跳ねる三陸、市の中心部までが杜の仙台、桃やリンゴがたわわに実る福島、
などと、東北各地を表現し、「東北の地は、そのものが神」であると言い切る内館さん。

そして、「その‘神の地’の人たちの頑張りはもう十二分である」として、
全国の人々に支援を呼びかけていました。

~このメッセージを読みながら、東北の地にいる私は強く思いました。

東北はもちろん、実は、この日本そのものが神の地なのだ!!」と。

水と緑の豊かな風土で育まれてきた精神性は、自然を畏れ敬い感謝をし、
共に生きてきた、我々の先祖から脈々と受け継がれてきました。

そして今、被災地となった東北の地で、改めてその精神性に光があたっています。

物質文明の中で、消し去られたかのように思われていたその精神性は、
確実に我々の中に息づいていたのです。

「神の地」東北の復興が、「神の地」日本の再生につながる!!

内館さんのメッセージを読みながら、確信にも似た強い思いが、胸に湧き起こってきました。

・・・・
踏ん張っていた心が、先日の巨大余震で折れそうになり‥
でもこうした言葉から力を貰い、また立ち上がる‥

少しずつ少しずつ
ひとりひとりの内側にある力を信じて‥

今週もしっかり生きていきましょう^^

*********


携帯版言の葉だよりは、毎週月曜日朝8時配信です。
配信日近辺に、偶然出逢った言葉を配信する事を基本にしていますが、
震災からの配信は、確実に自分を励ます言葉になっています。

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★登録(無料),
 ・携帯電話の方は、このアドレス→shoko@307952.r.just.stに、
  何も書かずに(空メール)送信してください。登録完了メールが届いたらOKです!!<携帯専用>

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これからも、心に光を灯す(~と、少なくとも私は信じています‥)言の葉を配信し続けます!!!
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by shoko2kotonoha | 2011-04-11 09:20

支え愛^^

ツイッターで先ほどつぶやきましたが(^^;)、
カットをしてきた美容室で、素敵な話しを聞きました!!

いつも担当してくれる、とってもセンスの良いYさん。
彼女の住むマンションでは、なんと震災後、
自然発生的に、入り口の共用スペース(エントランスのところ)に、
野菜やら、ゆで卵やらが置かれたそうです。


=○○○号室の○○です。
手に入りましたので、どうぞおひとつずつお持ちください=

などとあり、

その後は、自転車の空気入れなども置かれ、
=御自由にお使いください。○○○号室○○=
とあるところに、

=ありがとうございました。助かりました。。○○○号室○○=
などと書き込まれ、
エントランスの壁は、さしずめ掲示板・伝言板のようになっていたそうです。

聞くと、これまでは挨拶を交わす程度の関係だったそう。
しかも、だれもまとめて持っていく人などいなく、むしろあまっていたそう‥。。
<まさに!‘分け合えばあまる’by相田みつをだ!!!>

話してくれているYさんの目はちょっとうるんでいて‥。。
一人暮らしで不安だったところ、どんなに心強かったことだろう‥とつくづく思いました。

地域のコミュニティーというと、マンションはなかなか難しいよね、となりますが、
最初の一人の行動が、多くの人たちの良心を呼び起こしたのでしょうね。。

「落ち着いたらお礼にいこうと思っているんです」
と言った後に‥
「実は、引っ越そうと思っていたんですが、やめる事にしました・・」
とYさん。。

今週の携帯版言の葉だよりではありませんが、
まさに!ひとってすげぇ!!!です。。。
(配信文は、こちら←をクリック^^)

想像力を使えば助け合えることって無限にあるんですね!!!!
心にぬくもりと力を貰いました^^
頑張るぞ=!!!!
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by shoko2kotonoha | 2011-04-05 20:05

カナリアが世界を変える。。。

『カナリアノート=本質的な次元=』(著:東郷禮子)<←クリック>を改めて読みました。

沢山の考えさせられる言葉、触発される言葉がありましたが、その中でも特に~
カナリアが世界を変える。と題した、=断章30=に書かれた言葉の一つ一つが、
胸に刺さるかのように響いてきました。

今私が、この被災下という状況の真っ只中にいるからなのかもしれません。
そして、だからこそこの感覚を多くの方々と共有したいと思い、したためました。
東郷さんのインパクトのある語り口からすると、私の表現はあまりに子どもじみて恥ずかしいのですが、
了解を頂き、御紹介させていただくことにしました!!

それでは、断章30から、私の胸を貫いた文章を‥

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

考える人々にとっての知識も情報も、もう十分過ぎる。
問題は、現時点での事柄のひとつ、ひとつをどこまで深く掘り下げられるか否かだ。
雑多な情報をいくら知ったとしても何の役にもたちはしない。
知識も同じである。枝葉末節まで論証しようとする学者なら兎も角、
そういう知識をいくら溜め込んだところでそれを総合的に俯瞰できる教養と哲学、
感性がなければ知識それ自体が人を形成する事はない。


~中略~
(ここで著者は、人が経験する多くの出会いの中で、「経験としての悪」を蓄積した結果の
時に善良な仮面をつけ、時に達人の仮面をつけて近づいてくる「したたかな人」との出会いが、
時に命とりになる
と言い、更にこう続けています)

しかし、人はこの出会いを通じて自らの経験を、より深く検証することもできる。
この経験をさらに掘り下げれば、人は、自らの意識とその曖昧性までも知ることができる。
このしたたかな者の持つ意識は、敏感で繊細な人の意識とは対極にある。
だからプラトンがどう言ったにしろ、この世という坑道の入り口に生きる
「敏感で繊細なカナリア的感性を持った人」が強靭になり、
このしたたかな意識のふてぶてしさを乗り越えるしかない。


ちなみに、わたしにとっての「カナリア」は、
プラトンが彼の理想の国家から追放したアーティスト的感性を持った芸術家・詩人などである。
なにをもってプラトンが芸術家を、激越に批判したかは判然としないが、
ともあれ、当時のプラトン的価値感から逸脱した人の中にこそ
私は未来を築き上げる可能性があることを予感している。
つまり誰よりも早くこの世に満ちる毒を感受し、一命を賭してそのことを世に伝えるという役割を、
カナリア的感性を持った人は担っているということだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この本の冒頭で、著者の東郷禮子さん(雑誌ark編集長)はこう書いています。

<はじめに>
人々は個々の内にある明るいもの、真摯なものを破壊され、
純真さそれ自体が罪であるような社会に放り出されている。
この現実を生きる人々が更なる叡智を磨き上げなくては人も社会も滅びる。
そのような危機感から、長い間、自己省察のノートであったものを
一冊の本としてここに刊行することになった。
    
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

東郷さんが、ずっとずっとしたためていたものが、今この時期に発刊され、
そして今、この本が目の前にあることは、とても意味のあることのように思えてなりません。
この言葉に共感する一人一人と、これまでも出会い、これからも出会い、
そして共に新しい流れをつくっていく未来を、明確に明確にイメージしていこう!!と
心に誓った私でした。。


<おまけ^^>
沢山の共感する言葉がありましたので、
その中から、断章のタイトルにもなっている言葉を2つ‥。。

=断章28=
今こそ人は「自らの内なる意識と精神」を磨き上げなくては、
個としても、人類としても生きていけない時代に、
私たちは初めて遭遇しているのだ。


=断章31=
いずれにしても一人にとっては、その一人が最初であり、
すべてはそこから始まる。



~今、私の背筋は、シャキーン!!と伸びています!!!
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by shoko2kotonoha | 2011-04-02 22:39